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 2009年/平成31年〈第129回卒〉

2009年 (平成21年) 第129回卒
第91回 全国高等学校野球選手権 滋賀大会 出場
チーム紹介

 私どものチームは、上林・辻の両投手を中心に守り勝つ野球が持ち味。攻撃では、3番前川・4番上林が得点圏でランナーを還せるかが得点のカギを握っている。また、個人の力を持っている選手が多いが、それがチームの力として発揮できるかどうかがポイントとされる。

最後の夏を振り返って

 選手権予選では、初戦・2回戦とコールド勝ち発進だった。2回戦については、シード校の甲西にコールド勝ちと良いスタートを切った。しかし、3回戦の水口との試合で、守備のミスが出たことで逆転され、攻撃でもチャンスを活かすことができなかった。

2009年 (平成21年) 第129回卒_2
年間大会戦績

秋季大会

春季大会

選手権地方大会

1回戦 対 水口東 4 - 0 ○

2回戦 対 高島 8 - 1 ○

3回戦 対 綾羽 9 - 2 ○

準々決勝 対 近江兄弟社 3 - 2 ○

準決勝 対 近江 1 - 4 ●

1回戦 対 八日市南 2 - 6 ●

1回戦 対 愛知 11 - 0 ○

2回戦 対 甲西 10 - 2 ○

3回戦 対 水口 3 - 4 ●

メンバー

部長

​監督

冨波 義明

池川 準人

マネージャー

藤本 紋華  山田 真梨子

選手

新谷 雅人  辻 佳明   久保 匠平

押谷 卓磨  坂田 和也  高田 智也

西村 公介  前川 遼   瀬川 琳也

赤尾 俊輔  中川  路太基 松田 知也

濵上 裕也  水江 勇也  大井 靖己

速水 祐介  西澤 大喜  高橋 龍樹

上林 達也   岩口 司   重森 夏輝

村田 清朗  高畑 文弥  角野 鷹太朗

竹井 康佑  加賀爪 健太 井上 達也

 2008年/平成20年〈第128回卒〉

2008年 (平成20年) 第128回卒
第90回 全国高等学校野球選手権 滋賀大会 出場
チーム紹介

 私たちのチームは、例年と比べ攻撃力、守備力共に劣り、また精神面でも弱いという自覚があり、0からの挑戦者という意識を全員が持ったチーム。また、3年生は3学年で1番少なく、1、2年生の力を借り、全部員が一丸となり戦うという意識は他のチームに負けない自信があり、1戦1戦粘り強く、諦めずに最後まで全員野球で戦い抜くことができるチームである。

最後の夏を振り返って

 秋季大会、春季大会の2大会では悔しい結果に終わり、このままでは絶対に終わらせないと全員が強い思いを持って臨んだ選手権大会では、1回戦から苦しい試合が続き、一戦必勝で勝ち上がり準決勝で惜しくも敗退した。甲子園出場という目標を果たすことはできなかったが、1戦1戦の試合の中で感じた応援してくださる方々の熱い熱気は一生忘れないものとなった。

2008年 (平成20年) 第128回卒_2
年間大会戦績

秋季大会

春季大会

選手権地方大会

1回戦 対 滋賀学園 3 - 1 ○

2回戦 対 近江 1 - 4 ●

1回戦 対 水口 0 - 6 ●

1回戦 対 米原 8 - 3 ○

2回戦 対 大津 10 - 2 ○

3回戦 対 堅田 5 - 4 ○

準々決勝 対 八日市南 2 - 1 ○

準決勝 対 綾羽 2 - 5 ●

メンバー

部長

​監督

冨波 義明

池川 準人

マネージャー

藤井 ひろみ

選手

加藤 史典  則本 昂大  高尾 洋志 東 祐介   今村 良   小松崎 和朋

田中 良太  高橋 和希  玉井 紳弥

戸田 智大  外村 吉英  福永 崇哉

松浦 淳   若野 拡

 2007年/平成19年〈第127回卒〉

2007年 (平成19年) 第127回卒
第89回 全国高等学校野球選手権 滋賀大会 出場
チーム紹介

 私どものチームは選手25名、マネージャー2名の計27名と人数も多く、又、前チームからのレギュラー陣、ベンチ入りメンバーも多い学年であり、4年連続の甲子園出場と、人間性の向上を目標にしていた。小根田主将、宮川副主将を中心に、日々厳しい練習を積み、攻撃では5点以上、守りでは2点以内というチームを目指してきたが、4年連続の甲子園出場は叶わなかった。

最後の夏を振り返って

 選手権予選では初戦の能登川戦で、8-1と打線が繋がり、好発進、2回戦の伊吹戦では苦しい試合展開のなか投手戦を制することができた。3回戦の比叡山高校戦は序盤から追いかける苦しい展開となり、終盤に追い上げるも5 - 3で惜敗。甲子園連続出場がかかる大会で悔しい思いのまま引退となった。

2007年 (平成19年) 第127回卒_2
年間大会戦績

秋季大会

春季大会

選手権地方大会

1回戦 対 湖南農 8 - 1 ○

2回戦 対 八日市 7 - 1 ○

3回戦 対 草津 11 - 2 ○

準々決勝 対 彦根東 1 - 0 ○

準決勝 対 北大津 4 - 5 ●

1回戦 対 堅田 3 - 1 ○

2回戦 対 瀬田工 1 - 4 ●

1回戦 対 能登川 8 - 1 ○

2回戦 対 伊吹 1 - 0 ○

3回戦 対 比叡山 3 - 5 ●

メンバー

部長

​監督

冨波 義明

池川 準人

マネージャー

畠中 あかね  竹内 亜紗美

選手

小根田 匠  海外 卓   小森 俊

奴賀 大樹  野口 翔平  堀川 浩大

宮川 忠   奥村 健太郎 水野 泰成

井口 省吾  廣田 純也  木村 俊哉

太田 陽平  平岡 駿也  土田 翔也

三木 達也  辻 英明   仲東 茂

堤 雄馬   前田 拓馬  池田 耕二

小財 圭司  野田 将吾  町井 修平

小杉 哲平

 2006年/平成18年〈第126回卒〉

2006年 (平成18年) 第126回卒
第88回 全国高等学校野球選手権 滋賀大会 優勝
全国高等学校野球選手権 出場
チーム紹介

 秋の県大会初戦敗退。選抜大会に連続出場した先輩と比較され、「今年のチームは力がない」と言われ続けた。初戦敗退した試合のスコアを部室に掲げ、悔しさを胸に冬の練習では「打線の強化」に取り組んだ。春の県大会、夏の予選の全試合で5点以上を挙げる豹変ぶりを見せつけた。打撃の中心は180cm超と大柄な岩口と遠塚だ。他の選手も高打率を誇る一方で、犠打も確実に決めるなど、小技もできる。

最後の夏を振り返って

 「3点以内に抑えて5点取る」という理想の試合運びを見せた。打撃陣は5試合で6本塁打を含む59安打を放ち、大会通算チーム打率は4割3分4厘の高打率をマークした。守りでは、2人の投手が試合ごとに投げ分け、5試合で7失点に抑えた。大会を通して失策も4つと堅い守りで6年ぶりの甲子園への切符を手にした。レギュラー、ベンチ、スタンドが一つになれた結果が形を成してあらわれた。

2006年 (平成18年) 第126回卒_2
年間大会戦績

秋季大会

春季大会

選手権地方大会

1回戦 対 光泉 1 - 2 ●

1回戦 対 国際情報 11 - 0 ○

2回戦 対 瀬田工 5 - 3 ○

3回戦 対 玉川 8 - 2 ○

準々決勝 対 伊吹 5 - 3 ○

準決勝 対 彦根翔陽 5 - 2 ○

決勝 対 北大津 10 - 0 ○

2回戦 対 長浜農 14 - 1 ○

3回戦 対 栗東 18 - 0 ○

準々決勝 対 長浜 10 - 3 ○

準決勝 対 彦根翔陽 6 - 0 ○

決勝 対 滋賀学園 6 - 3 ○ 優勝

6回目 甲子園出場 

近畿地区高等学校野球大会

全国高等学校野球選手権大会

1回戦 対 京都成章 2- 3 ●

1回戦 対 静岡商 2 - 8 ●

メンバー

部長

​監督

冨波 義明

池川 準人

マネージャー

竹中 真沙美 小森 さくら 後藤 明日香

堀 加奈  笹江 里英

選手

富原 章斗  図師 友彦  小堀 祐希

竹内 俊   成宮 翔磨  松宮 巧典

和田 隆助  岩井 良太  鈴木 洋平

谷岡 克亮  中島 浩貴  村田 英俊

深水 大志  村田 孝平  岩間 哲也

岩口 二郎  奥村 陽   桂田 雄野

柴田 賢宏  谷 泰宏   遠塚 浩希

 2005年/平成17年〈第125回卒〉

2005年 (平成17年) 第125回卒
第87回 全国高等学校野球選手権 滋賀大会 出場
チーム紹介

 前チームの先輩方に第76回春の選抜を経験させて頂き、「甲子園」を身近に感じられる中でスタートしたのが私たちのチームでした。チームとしての強みは、先輩たちに与えて頂いた「経験」を元に、甲子園でどうすれば勝てるのかを常に考えていた点にあると思います。

 結果的に甲子園で勝つという目標の達成はなりませんでしたが、公式戦前に選手のみでのミーティングを実施して意思統一を図り、練習中には、練習を止めてでもプレーの確認を選手同士で行うなど、一人一人がチームの中での役割や責任を追及していた点も特徴の一つではないかと思います。このことは、卒業から10年経った今でも、それぞれが各々の活躍のフィールドで、掛け替えの無い財産として生かしています。

最後の夏を振り返って

 春の選抜以降、なかなか思う様にチームがまとまらず、苦しい思いの中で挑んだのが最後の夏でした。結果として、秋の大会で17-2の大差で勝利した近江高校に敗れたわけですが、今になって思うと、高校3年生の自分たちにはこの敗戦が受け入れ切れない面もありました。

 しかし、卒業から10年経った今、高校野球の夏は、全国でただ1チームを除いてすべて負けで終わることを思うと、負けから学ぶことの方が大切なのだと、考えられるようになりました。3年間を共に過ごし、今でも集まれる仲間と、人生において最も大切な負けから学ぶ経験をさせてくれた高校野球には、感謝の念が尽きません。

2005年 (平成17年) 第125回卒_2
年間大会戦績

秋季大会

春季大会

選手権地方大会

2回戦 対 安曇川 12- 1 ○

3回戦 対 滋賀学園 7 - 0 ○

準々決勝 対 比叡山 7 - 1 ○      

準決勝 対 八日市 5 - 1 ○

決勝 対 近江 17 - 2 ○ 優勝

1回戦 対 綾羽 11 - 1 ○

2回戦 対 能登川 12 - 2 ○

3回戦 対 北大津 8 - 0 ○

準々決勝 対 守山北 0 - 6 ●

1回戦 対 能登川 4 - 3 ○

2回戦 対 伊吹 8 - 1 ○

3回戦 対 守山北 4 - 3 ○

準々決勝 対 草津東 11 - 1 ○

準決勝 対 近江 1 - 4 ●

近畿地区高等学校野球大会

1回戦 対 三田学園 5 - 0 ○

準々決勝 対 履正社 15 - 8 ○

準決勝 対 育英 0 - 11 ●

2年連続 7回目 選抜出場

選抜高等学校野球大会

1回戦 対 羽黒 1 - 2 ●

メンバー

部長

​監督

冨波 義明

池川 準人

マネージャー

村上 泉

選手

荒金 毅   上田 大貴  中川 広之

柏木 章弘  川口 徹也  木村 皓紀

三上 幸二郎 西浦 真矢  北川 茂人

尾嶋 勇佑  河村 洋毅  門出 祐介

松本 一樹  水田 裕也  築山 省吾

水野 洋輔  小島 健嗣

 2004年/平成16年〈第124回卒〉

2004年 (平成16年) 第124回卒_2
第86回 全国高等学校野球選手権 滋賀大会 出場
チーム紹介

 私どもの学年は、選手13人マネージャー2人と決して多い人数ではありませんでした。そのぶん強い結束力がありました。下級生の多いチーム編成でしたが3年生がうまくチームをまとめ選抜野球大会に出場し1勝をあげることができました。誰ひとり欠く事なく、15人で卒業出来た事、甲子園に出場出来た事が私どもの自慢であり、誇りです。

2004年 (平成16年) 第124回卒
最後の夏を振り返って

 準々決勝で優勝した北大津に敗れはしましたが、今年から3期連続甲子園出場となり、後輩たちにきっちり伝統というバトンを渡せたと思っています。出来の悪い学年でしたが、最後まで面倒を見ていただいた、部長、監督、コーチ、保護者の方々に本当に感謝しております。

年間大会戦績

秋季大会

春季大会

選手権地方大会

2回戦 対 水口 3 - 1 ○

3回戦 対 能登川 9 - 2 ○

準々決勝 対 北大津 9 - 7 ○

準決勝 対 草津東 10 - 0 ○

決勝 対 比叡山 2 - 1 ○ 優勝

2回戦 対 水口 8- 11 ●

1回戦 対 長浜 15 - 0 ○

2回戦 対 伊吹 4 - 1 ○

3回戦 対 滋賀学園 4 - 1 ○

準々決勝 対 北大津 1 - 3 ●

近畿地区高等学校野球大会

1回戦 対 京都外大西 3 - 2 ○

準々決勝 対 社 0 - 3 ●

11年ぶり 6回目 選抜出場

選抜高等学校野球大会

1回戦 対 常葉菊川 4 - 3 ◯

2回戦 対 明徳義塾 2 - 4 ●

メンバー

部長

​監督

冨波 義明

池川 準人

マネージャー

西田 知世  山口 琴美

選手

伊藤 巧   川口 達也  辻 正明

中嶌 祐磨  加藤 竜太  川嶋 剛士

北川 直哉  北岸 智也  茶木 正直

辻 広夢   田井中 政人 種村 将郁 

 2003年/平成15年〈第123回卒〉

2003年 (平成15年) 第123回卒
第85回 全国高等学校野球選手権 滋賀大会 出場
チーム紹介

 私どもは、俊足・巧打である松浦・山下を中心に機動力を駆使し、最少得点を守りきる守備型のチームです。また野球だけでなく学業もしっかりと行い、野球と学業の両立をはかれていたチームでもあります。

最後の夏を振り返って

 選手権予選では開幕2試合目雨の中信楽に大勝し、2回戦ではエース清水が完封し守り勝つ事が出来ました。残念ながら3回戦で強豪近江に負けてしまいましたが、冬から走り込み守備を中心に守り勝つ野球を少しは見せられたのではないかと思います。また、チームとしてもまとまりがあり、現在でも年に1回は集まれている事に繋がっているかなと思います。

年間大会戦績

秋季大会

春季大会

選手権地方大会

1回戦 対 甲西 12 - 7 ○

2回戦 対 野洲 10 - 6 ○

3回戦 対 八日市 3 - 4 ●   

2回戦 対 草津東 4 -1 ○

3回戦 対 石部 3 - 0 ○

準々決勝 対 近江兄弟社 0 - 3 ●

1回戦 対 信楽 14 - 4 ○

2回戦 対 安曇川 4 - 0 ○

3回戦 対 近江 0 - 11 ●

2003年 (平成15年) 第123回卒_2
メンバー

部長

​監督

冨波 義明

池川 準人

マネージャー

松本 悠里  横田 あゆみ

選手

松浦 秀晃  清水 淳   岩口 能維

奥村 公佑  佐藤 圭一  藤原 久和

太田 雄介  片山 進   松田 義輝

山下 祐司  松田 英俊  浅越 直人

大西 祐一  奥村 宙   竹中 浩晃

小林 浩二  室谷 信貴  西岡 嵩晃

 2002年/平成14年〈第122回卒〉

2002年 (平成14年) 第122回卒
第84回 全国高等学校野球選手権 滋賀大会 出場
チーム紹介

 私どものチームは2年生まで林監督、3年生より池川新監督となり打撃もさることながら、走塁練習は例年に無く強化しました。打たせて取るピッチングの浅野を中心に、継投により最小失点で逃げ切りを図る。打線は、機動力を活かし点に絡め、どの打順からでも得点するのが特徴。基礎練習をひたすら繰り返した日々が印象深い。

2002年 (平成14年) 第122回卒_2
最後の夏を振り返って

 選手権予選では、チームカラーとして強打が目立ち、準決勝までの4試合では46得点と活発な打線で、3試合はいずれもコールド勝ち。投げては、エース浅野を軸に伊藤、竹中が踏ん張り最小失点で抑えてくれた。準決勝では光泉高校の双子バッテリーに八幡商の打線が打ち勝つか注目されたが、惜しくも敗退。

年間大会戦績

秋季大会

春季大会

選手権地方大会

1回戦 対 信楽 12 - 1 ○

2回戦 対 大津 8 - 1 ○

3回戦 対 伊香 4 - 1 ○

準々決勝 対 彦根東 4 - 5 ●

1回戦 対 甲南 19 - 7 ○

2回戦 対 水口 7 - 9 ●

1回戦 対 高島 7 - 2 ○

2回戦 対 信楽 16 - 0 ○

3回戦 対 玉川 10 - 3 ○

準々決勝 対 伊香 13 - 4 ○

準決勝 対 光泉 3 - 5 ●

メンバー

部長

​監督

冨波 義明

池川 準人

マネージャー

田井中 美希   河合 あゆ美

選手

辻子 哲也  浅野 達郎  伊藤 健治

濱口 大樹  林 一政   佐野 良太

林 範和   片岡 秀聡  小西 康裕

中村 匡志  尾田 真一  西川 和宏

竹安 祐太  井尾 光佑  池田 幸平

飯田 元晴  川嶋 浩二  久保 裕之

籠谷 崇広  熊川 昌孝  寺本 雄二

東岸 健太郎 堀川 雄大  湯本 崇義

山本 一也  和田 祥一

 2001年/平成13年〈第121回卒〉

2001年 (平成13年) 第121回卒
第83回 全国高等学校野球選手権 滋賀大会 出場
チーム紹介

 昨夏の甲子園を経験した主力メンバーが5人顔を並べる。エース西川(元西武ライオンズ)と幸池のバッテリーを中心に、守りから攻撃へと八商らしい野球が持ち味。攻撃では、4番野々村、5番福田、6番山と得点圏打率が高く、長打力を誇る3人が不動。その他のレギュラーメンバー、また控えメンバーもそれぞれに特徴を持ち合わせ非常に層が厚く個性が強いチームであった。

最後の夏を振り返って

 春季大会では、決勝戦で近江を破り近畿大会ベスト4という成績で士気が高まった。しかし、同時に“打倒八商”という他校の声、プレッシャーを払拭できるように全員で挑んだ長浜北戦。初回からエース西川が相手打線につかまり3点の先制点を奪われるも、すぐに4番野々村の同点3ランで追いつく。しかし、長浜北打線は“挑戦者”という一体感を崩すことなく追加点を奪われ、あまりにも短い夏が幕を閉じた。

2001年 (平成13年) 第121回卒_2
年間大会戦績

秋季大会

春季大会

選手権地方大会

1回戦 対 水口東 5 - 0 ○

2回戦 対 石部 7 - 0 ○

3回戦 対 彦根翔陽 11 - 0 ○

準々決勝 対 近江 1 - 3 ●

1回戦 対 近江兄弟社 5 - 2 ○

2回戦 対 北大津 13 - 5 ○

3回戦 対 水口 14 - 6 ○

準々決勝 対 八幡 9 - 0 ○

準決勝 対 虎姫 7 - 0 ○

決勝 対 近江 8 - 7 ○ 優勝

1回戦 対 長浜北 3 - 8 ●

近畿地区高等学校野球大会

1回戦 対 伊都 4 - 2 ○

2回戦 対 神戸国際 0 - 3 ●

メンバー

部長

​監督

池川 準人

林 勝

マネージャー

永江 絵里奈

選手

武澤 真一  西川 純司  葛本 竜志

橋本 浩平  節田 純平  幸池 達郎

山下 雅史  山本 雄大  馬場 康司

北岸 啓太  西澤 朋宏  福田 圭介

吉田 幸正  井狩 英祐  東野 秦斗

村田 茂雄  野々村 宣行 堀井 充

亀井 頌司  小久保 博樹 千村 啓介

田中 雄也  西浦 剛史

 2000年/平成12年〈第120回卒〉

2000年 (平成12年) 第120回卒
第82回 全国高等学校野球選手権 滋賀大会 優勝
全国高等学校野球選手権大会 出場
チーム紹介

 私どものチームは、守備からリズムを作るチームであった。当初より懸念していた投手力も、西川純司(当時2年)の成長で安定した。ベンチメンバーには多数の2年生が入り、キャプテンである外村の、統率力がチームを一つにまとめていた。打撃では黒川の出塁率は高く、丸山が送り3番からの上位打線が還すパターンであった。夏直前には、濱田の打者としての成長が著しく、得点力が向上した。年間を通じて秋季大会準優勝、春季大会3位、選手権大会優勝と、安定していた。

最後の夏を振り返って

 選手権予選では、初戦と2回戦は安定した試合運びができたが、3回戦の八日市南戦では西川が足の負傷、濱田が骨折となり、今大会最大の山場となる。控えの葛本(当時2年)が好投し、辛勝する。1日中日があり、その間西川が復調したが、濱田は出場不可能となる。しかし、「濱田を甲子園へ」という全員の気持ちが1つとなり、長浜北戦、優勝候補の近江戦に勝利し、9年ぶりの甲子園の出場を決めた。

2000年 (平成12年) 第120回卒_2
年間大会戦績

秋季大会

春季大会

選手権地方大会

1回戦 対 石部 3 - 2 ○

2回戦 対 米原 16 - 5 ○

3回戦 対 彦根工 8 - 0 ○

準々決勝 対 大津商 5 - 4 ○

準決勝 対 彦根東 10 - 2 ○

決勝 対 八日市南 4 - 10 ●

2回戦 対 石山 3 - 0 ○

3回戦 対 比叡山 2 - 0 ○

準々決勝 対 大津商 12 - 1 ○

準決勝 対 長浜北 3 - 9 ●

3位決定戦 対 近江兄弟社 2 - 1 ○

2回戦 対 信楽 24 - 1 ○

3回戦 対 河瀬 6 - 0 ○

準々決勝 対 八日市南 6 - 5 ○

準決勝 対 長浜北 6 - 1 ○

決勝 対 近江 7 - 4 ○ 優勝

9年ぶり 5回目 甲子園出場 

全国高等学校野球選手権大会

1回戦 対 浦和学院1 - 2 ●

メンバー

部長

​監督

池川 準人

林 勝

マネージャー

藤田 圭子  田村 志津佳   井口 真奈美

選手

外村 智弘  中嶌 大輔  岡田 亘二  丸山 祐二  野々村 孝太郎

久保川 篤史 西谷 浩一  中川 新也  安田 英樹  濱田 学   黒川 祐樹  高橋 秀次  尾田 洋   山口 和孝  瀬川 辰大

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